学校の意義

どうも、こんにちは。

既存の学校に関して散々今まで否定しきましたが、
ただ否定してるだけでは、ただの怒りオヤジとなってしまい、何の説得性ももたないとおもったので、

学校の成り立ちや意義についての文献を読んだり、実際に教鞭を振るっている人間と話あったりしています。

やはり、勉学・教育というのは知の構築であり、人間の基礎をなすものであり、ここをないがしろにしてビジネスはできないと思っています。

学校の価値を色々模索していくうちに、一つしっくりくるものがありました。

それはコミュニティとしての価値です。

人は御存じのように一人では成り立ちません。

個人の意志が相互に絡み合う共同体の中で生きているのです。

コミュニティ生活は一つの人間としての基盤をつくる上で重要だと思っています。

しかーし

一つ違和感を感じるところがある。

なぜ生活レベルの話にまで強制されたコミュニティが食い込んでくる必要があるのか?

まるで囚人のように強制的にクラス分けをされて、その囚人の低い集団に知能の低い人間(教師)がつき、偉そうに、マニュアル通りの道徳とはを説く。

個々の意志を消し去り、人間を均一化しようとするあたり、時代錯誤もいいところだね。

教師諸君。

まず君らが社会的な依存者なのに、何を偉そうに未熟な人間に対して指導をしているのかね?

ちょっと自分の発言をノートに書き出して客観視してみなされ。

つまり、強制された支配関係、強制された人間のクラス分けで不自然なコミュニティで1日の大半を浪費することになる。

これは単なる無意味な「忍耐の勉強」でしかないのでは?